「そのうち、いい事あるよ」って言われても

健康じゃなきゃ意味無い。

「治るよ」

治りはしない、心の古傷がうずくのだから。

ただ、それを忘れられるような平穏があれば。

誇りを持てる程

耐えて耐えて苦しみも糧に生き、

立派な大人になるという志だけを支えに寂しさも乗り越え、

ただ立派な大人とは

財をなすでも名声を得るでもなく、

あくなき精神向上心と謙虚さを持った者で、

そうなれたけれど、

その結果がこんななんて。

少し体力ついたら、

カトリックのロザリオの祈りに良く似た、

108つの珠の数珠での祈祷をしよう。

なんだかんだで

女で孤高なんて、

こんな、根は神様の広い広い御胸にいだかれ休みたいと思うような

甘ったれのわたしには

無理だったのだろうな。

でも、こうなるしかなかった。

この記事へのコメント

2013年06月07日 17:28
本当にその通り健康じゃなきゃ意味がない。健康じゃなきゃ心から笑ったり感動も出来ない全てを病魔にもっていかれる。そのうちいいこと?それなら健康にしてもらいたい
いとしい妹分へ
2013年06月08日 02:39
同じ人に「五体満足に産まれたし」とも言われたけれど、五体不満足という本を出した乙武さんが産まれた時、その姿を見てお母様は「まぁ、なんてかわいい」と言ったそうだ。どんな子でも自分が腹を痛めて産んだ時はかわいい。でも問題はその後じゃないのか?妹分も、わたしも、幼い時に消えない傷がついてしまった。それだって、忘れられるなら忘れたい。

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